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名古屋高等裁判所 昭和27年(う)558号 判決 1952年8月25日

控訴人 検察官 羽中田金一

被告人 神谷一英 黒田秀一

弁護人 浦部全徳 外一名

検察官 神野嘉直関与

主文

本件控訴は之を棄却する。

理由

検察官羽中田金一の控訴趣意は同検察官名義の控訴趣意書と題する書面記載の通りで之に対する弁護人浦部全徳、同広浜嘉雄の答弁は同弁護人等名義の答弁書と題する書面記載の通りであるから茲に之を引用する。

論旨第一点について、

被告人両名に対する本件横領の公訴事実が論旨摘録の通りであること、之に対し原判決は被告人両名が株式会社アロハアーケード及株式会社アロハマートの取締役で被告人神谷一英は専務取締役として右両会社の庶務会計等一切の経営を監督し会社財産の保管出納等の業務に従事していたこと、被告人両名が他の取締役等と相談の上起訴状記載の金員を株主配当金として分配したこと、右両会社は孰れも重役並其家族を株主とし実質上同族会社であること、株式会社アロハアーケードにては各出店者から徴収する売上金歩金中の一部、電気、水道、瓦斯各料金、夜警補助費、株式会社アロハマートにては自転車預代金、看板掲出料、倉庫貸料など当然利益金として会社の雑収入に入れるべきものを別途金として積立て会社正規の帳簿に記載せずして両会社庶務部長川崎勢蔵名義にて預金し同人の覚書に記載するにとゞめていたこと、月一回の重役会を開催して役員協議の上持株に応じて配当をしていたことを夫々証拠に基いて認定した上被告人等が利益金の一部を会社正規の帳簿に記載することなく別途金として積立て毎月の重役会に於て協議の上株主に配当したことは会社の定款の規定に違反し、又法人税法第四十八条の詐欺其他の不正行為により法人税を免れた場合に該当し、毎月重役会を開き其の処分を定めたことは会社定款の株主総会招集の手続規定に違背していること明かで商法第四百八十九条第三号の法令又は定款の規定に違反して利益の配当を為したときに該当し一方法人税法第四十八条の詐欺其他不正の行為により法人税を免れた場合に該当するけれども本件の別途金は会社の利益金で之を重役会即株主総会を意味する同族会社の重役会の承認を得てその持株に応じて各株主に配当したことは株主の共有に属する会社の利益金を株主全員に分配したのであるから刑法第二百五十三条の業務上横領罪を構成しないとの理由で無罪の言渡を為したことは所論の通りである。而して原判決挙示の各証拠を精査すれば原判決の前記認定は優に認め得られる。

検察官は前記別途金は両会社の利益金でないと主張するけれども原審証人川崎勢蔵、神山完三、船橋秀一、安保嘉十郎の各証言並被告人神谷一英の検察官に対する各供述調書の記載を綜合すれば本件別途金は会社事業から生じた収入金であるが税金等の関係から之を会社の正規帳簿に記載せずして両会者庶務部長であつた川崎勢蔵個人名義で東海銀行駅前支店に預金しておいたものであることが認められるから右別途金は右両会社の所有であつて只之を表面に出さず会社の裏勘定として保管していたものであることが明かである。又株式会社の利益金は一般に会社の損益計算上当該事業年度に於ける会社の総財産(積極財産)から資本金を含めて総損金(消極財産)を差引いた残りであつて当該事業年度に納付すべき税金は右損金に算入しないことは法人税法第九条に依るも明瞭である。而して本件両会社の昭和二十三年九月初から昭和二十五年三月末までの収支決算を観ると各期共何れも利益金が計上されており、而も右収支中には本件別途金を包含して居ないことは前記各証言並弁護人提出の右会社の各期決算表の記載に依り認め得られるから本件別途金が会社の利益金に該当することは疑ないところである。尤も会社に於て右利益金を現実に株主に配当するに当つては商法並会社定款の規定に従い所定の法定準備金、別途積立金、納税引当金等を控除すべきことは言を俟たないのであるが兎に角別途金が会社の利益金であつたことは間違いないと謂うべきである。

更に本件に於て前記利益金を法定準備金、税金等を控除しないで株主に配当したことは洵に所論の通りで商法並会社定款の規定に反すること論なきところであつて延いて会社財産の健全化を害し会社に損害を及ぼす虞れはあるけれども直ちに会社に右配当額丈の損害を加えたものと速断し得ないのみならず本件別途金の配分については毎月会社の重役会を開きその全重役の承認を得て各持株に応じ配分されたことは前記認定の通りである。株式会社に於ては利益金の処分は株主総会の決議に基かなければならないから之を重役会で決定することは違法であるけれども本件会社は前記認定の様に同族会社で重役並其家族以外の株主なく重役会即株主総会たる実質を有するので定款の規定に基く正式の招集手続を経なかつた瑕疵はあるとしても之を事実上株主総会と同視できないことはない。加之株式会社の様な営利法人にありては之を構成する株主と法人たる会社自体は固より法律上人格を異にするけれども法人の目的とする営利は之を構成する株主の利益を図ることを窮極の目的とするものである観点からすれば本件別途金を全株主の承認を得て分配したことはその配分を決定する手続に瑕疵はあつても之がため直ちに株主に利得させる目的で会社に配当金丈の損害を発生させたと見ることはできない。結局本件に於て被告人両名に公訴事実記載の如く不法に会社財産を領得せんとする意思があつたこと並被告人等の所為により会社に損害が発生したことにつきその証明不充分であるから原判決の認定は相当であつて所論の様な事実誤認はない。論旨は理由がない。

論旨第二点について

被告人両名に対する本件起訴に係る所為は一面に於て被告人両名が前記両会社の取締役として自己等株主を利せんことを図りその任務に背き右会社に財産上の損害を加えたとの商法第四百八十六条第一項の特別背任罪をも組成し本件公訴事実と同一性を有すること所論の通りでその訴因罰条を異にする丈であるから之を変更すれば右特別背任罪につき審判を為し得るけれども仮に適法に之を変更したとしても前記認定の通り横領罪の犯意並損害発生の点につき証明不充分であると同様特別背任罪についてもその証明不充分と認められるから原判決には所論の様な審理不尽はない。

更に前記被告人両名の所為は原審に於ける審理の経過に徴すれば商法第四百八十九条第三号の会社の取締役が法令又は定款の規定に違反して利益又は利息の配当を為した罪にも該当するかの様であるが右会社財産を危くする罪と本件公訴に係る業務上横領の罪とは其の犯罪の構成要件を異にし前者は法令又は定款の規定に違反することを絶対の要件とし従つて之を充足する行為の態容も自ら後者と異なる場合あるに拘らず本件起訴状に於ては被告人の所為が法令又は定款の規則に違反したことに付何等言及しておらないから事実の同一性を害することなくして訴因罰条の変更は許容されないものと云はねばならない。故に原審がこの点につき訴因の変更を命じなかつたことは当然で毫も所論の様な審理不尽はない。論旨は理由がない。

右の次第で本件控訴は理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条に則り之を棄却することゝし主文の通り判決する。

(裁判長判事 深井正男 判事 石谷三郎 判事 山口正章)

検察官羽中田金一の控訴趣意

第一、原審判決には判決に影響を及ぼすこと明かなる事実誤認あり。

(一)本件公訴事実は「被告人両名は何れも株式会社アロハアーケード及株式会社アロハマートの取締役で、被告人神谷一英は専務取締役と言われ右両会社の庶務会計等一切の経営を監督し会社財産の保管出納等の業務に従事していたものであるが、被告人両名は外七名と共に同会社出店者より集金したる電気料、瓦斯料、水道料、歩金、宣伝費、夜警費を会社に納入せず同会社支配人川崎勢蔵名義で預金し神谷一英等が保管し之を配分金名義で分配しようと企て昭和二十三年十一月十一日頃より同二十五年三月二十二日頃までの間前後十七回に亘り名古屋市中村区広小路通三丁目八番地株式会社アロハマート事務所に於て別紙犯罪事実一覧表記載の通り業務上神谷一英保管に係る株式会社アロハアーケードの別途金(店舗電気料、ガス料、水道料、外店舗歩合金の一部等)並に株式会社アロハマートの別途金(宣伝費、夜警補助費等)中合計金百四十九万七千百八十四円四銭を其の都度一括して配当金と称して神谷一英他八名と共に三和銀行名古屋駅前支店の保証小切手にした上擅に各自自己の用途に供するため分配し合い以て着服横領したものである」と謂うのであるが、原審は「按ずるに神谷一英、黒田秀一が株式会社アロハアーケード及株式会社アロハマートの取締役で被告人神谷一英は専務取締役として右両会社の庶務会計等一切の経営を監督し会社財産の保管出納等の業務に従事していたこと、被告人両名が他の取締役と相談の上起訴状記載の金員を株主配当金として分配した事は孰れも被告人両名の当公廷の供述並に被告人等に対する検察官作成の各供述調書によつて明かである。押収に係る登記関係書類(証第二十二号)並に株主総会議事録及株主名簿(証第二十三号)を綜合すると株式会社アロハアーケードは昭和二十二年五月設立資本金十九万五千円株式三千九百株なりしを、同二十三年六月一日資本金百八十万五千円を増加し資本金二百万円株式総数三千九百株から四万株とし、船橋秀一千五百株家族二千七百株、安保嘉十郎三千二百株家族千七百株、神谷一英二千五百株家族千九百株、塚原周助千九百株家族三千株、加藤賢一三千四百株家族千五百株、角嘉七二千七百株家族二千株、黒田秀一四千株家族七百株、山本道雄二千七百株家族二千株、四方尚義千株家族六百株、中島一雄百株を株式会社アロハマートは昭和二十四年七月十一日設立資本金二百万円株式四万株にて、船橋秀一二千株家族二千七百株、安保嘉一郎三千二百株家族千七百株、神谷一英三千株家族千九百株、塚原周助千九百株家族三千株、黒田秀一三千株家族千七百株、四方尚義千百株家族五百株、角嘉久治千株家族三千七百株、加藤賢一二千百株、山本道雄二千七百株家族二千株を夫々所持して両会社は孰れも重役並に其の家族を株主とするもので実質上同族会社であることが覗われる。次に別途金の分配に就いて考察すると被告人黒田秀一の検察官に対する供述調書、川崎勢蔵の同上、供述調書並に証人船橋秀一、同山本道雄、同塚原周助の当公廷の供述によると別途金として株式会社アロハアーケードにては各店舗より売上金の歩金中一部電気水道瓦斯料金夜警補助費、株式会社アロハマートにては自転車預代看板掲出料倉庫貸料など当然利益金として会社の雑収入に入れるべきもの(弁護人提出の両会社決算書によるとこの利益金を除いても尚相当の利益金が計上されて居る)を別途金として積立て会社正規の帳簿に記載せずして両会社庶務部長川崎勢蔵名義にて預金し同人の覚書に記載するにとめていた事、月一回の重役会を開催して役員協議の上持株に応じて配当していたことが認められる。仍て按ずるに株式会社の利益金は定款又は法令の規定に従つて株主に配当すべきであるに拘わらず被告人等が前記の如く利益金の一部を会社正規の帳簿に記載する事なく別途金として積立て毎月の重役会に於て協議の上株主に配当したことは別途金を会社正規の帳簿に記載せず、従つて決算書に計上しなかつた点に於て定款の規定に違背し、又法人税法第四十八条の詐偽其の他不正行為により法人税を免れた場合に該当し毎月重役会を開き其の処分を定めたる点は両会社定款の株主総会招集の手続規定に違背していることは論のない処である。凡そ株式会社の利益金は株主の共有に属し一部共有者に於て擅に之を処分するを得ざるものであるから株主中の数人が之を擅に自己の為に処分するときは横領罪を構成するも之を株主全員に分配するときは横領罪を構成しない。本件に於て別途金は前記説示の如く会社の利益金であること、株主に配当するに当りては重役会の承認を得て持株に応じて配当していること、両会社とも重役並に其の家族を株主としていて重役会即ち株主総会を意味していることを綜合すると会社の、利益金を重役会の承認を得て持株に応じて株主に配当した被告人等の所為は商法第四百八十九条第三項の法令又は定款の規定に違反して利益の配分を為したるときに該当し一方法人税法第四十八条の詐偽、其の他不正の行為により法人税を免れた場合とあるに抵触するから此等によつて処断すべきものであつて刑法第二百五十三条所定の犯罪を構成するものとは認められない(記録四九一、四九二、四九三丁)との理由で無罪の言渡をなした。

(二)即ち、原審では別途金の性質を両会社の利益金なりと認定した結果、其の分配を配当なりと断定したのである。然しながら此の認定は事実の誤認に基くものであつて之が右判決に影響をなしている事は明白である。以下之を詳述する。

(1)  右別途金は当然会社の収入として会社に入れらるべき金を会社に入れずに別個に積み立てられたものである。此の点については原審判決に於ては「当然利益金として会社の雑収入に入れらるべきものを別途金として積み立て会社正規の帳簿に記載せずして両会社庶務部長川崎勢蔵名義にて預金し」と認定されて居るが此の預金の名義人は川崎勢蔵個人名義にて東海銀行駅前支店に預金していた(記録四〇六丁表)(証第三、五号)のであつて会社庶務部長として預金されたものではなく、此の金員は終始会社へは入金されていないものである。

(2)  右別途金は両会社の収入となるべき金員であつて利益金ではない。即ち、会社の利益金とは其の収入より之に応ずる法人税、其の他の公課を控除し更に之に応ずる法定積立金を控除した後に於て始めて利益金となるべきものである。然るに右別途金は会社に入れられて居ない結果、会社に対する法人税、其の他公課の対象となり得ず随つて全然課税されてはいない事は明白であつて原審に於ても認定されたところであり(記録四九三丁表)更に右別途金に対応する法定積立金のなされていない事実(記録二四五丁乃至二八八丁)も明白である。随つて本件別途金は実質上も両会社の利益金たり得ないものである。然らば一歩退いて原審認定の如く本件別途金が一旦会社の収入に計上せられたと仮定しても上記の如く損失金、法人税、法定積立金等の控除がなされてないから未だ以て配当として社外処分し得る利益金とはなつていないのであるから所謂「利益金として配当し」得る筋合は出て来ない。若し之を強いて「利益金の配当」名下に社外へ支出せんか商法が会社財政の健全を保障せんが為社内留保を命じたる法定積立金は遂に実現しないこととなり夫れ自体で既に会社に財産上の損害を及ぼすこととなるのである。原審の所論は会社なる法人と株主とを同一人格視して居る素朴的な法律以前の観念から出発しているのであり、会社が之れ等株主とは全く別個の独立の人格者であるという会社法の基本観念を無視したものである。いわば法律の錯誤の結果本件を横領に非ずと誤認するに至つたものである。之れを他の観点から論ずれば会社機関としての株主総会の決議により之等別途金の処分をしたのであれば権限者による処分であるから横領罪の成立を見ることはないであろうが、本件の如く会社財産の処分につき何等権限なき者において仮令株主全部を網羅したる会合において決議したとしても無権限者による会社財産の処分である以上右決議に基き擅に会社財産を各株主に分配することは横領罪を組成すると認められるのである。

第二、原審には審理不尽の違法あり右は判決に影響を及ぼすこと明かである。何んとなれば百歩譲つて仮令本件に於て業務上横領の点が認められないとしても被告人等が法令又は定款の規定に違反して利益の分配をなした点は本件審理過程に於て明白にされ且原審に於ても是認されたところである(記録四九三丁)。即ち前項に述べた点よりして本件別途金は両会社収入に計上されず帳簿に記載されず決算書も計上されずして定款の規定に違背しているのみならず損失を補填せず且準備金を控除せずして分配されたもので商法第二百九十条にも違反しておる事が明らかである。然らば被告人両名は自己等株主を利せんことを図り取締役の任務に背き会社に財産上の損害を加えたものであり所謂特別背任罪を組成するものである(商法第四八六条第一項参照)。或は少くとも商法第四八九条三号の会社財産を危くする罪に該当するものである。而して右の犯罪が公訴事実と同一性を有するものなることは明白である。かゝる場合には宜しく裁判所は刑事訴訟法第三百十二条第二項により訴因の変更を命ずべきであるに拘らず茲に出なかつたのは法の適用を誤り審理不尽の違法があつたものと謂うべく右は判決に影響を及ぼすこと明瞭である。此の点につき東京高等裁判所の判決及福岡高等裁判所の判決中に同趣旨の判示があり学説としては例えば横川敏雄氏著「刑事裁判の実際」百三十五頁に同趣旨の意見が述べられて居る。然るに本件公判記録によつてみるも訴因の変更方命令がなされた形跡はない。若し之がなされておれば有罪の判決を得たであろうことは前記の理由により明らかである。

以上の理由により原審裁判所は事実の認定並に法の適用を誤つたものであり右は判決に影響を及ぼすことが明かであるから破棄の上相当の裁判をせられたい。

弁護人浦部全徳外一名の答弁書

答弁の趣旨

控訴棄却の判決を求める。

その理由

控訴の理由は二点あり、第一点「原審判決には判決に影響を及ぼすことの明かな事実誤認がある。」、第二点「原審には審理不尽の違法あり右は判決に影響を及ぼすこと明らかである。」、よつて「原判決を破棄した上相当な裁判を求める。」というのである。

しかしながら、右の理由はいずれも失当であり、肯認しえないものであるから、控訴はその理由を欠くものとして、その棄却を求める次第である。以下、その然るゆえんの理由を詳述する。

第一、原判決には、無罪判決を有罪判決たらしめずにはおかぬというような、事実誤認は無い。いうまでもないことであるが本件は業務上横領罪として起訴されているのであるから、「業務上自己ノ占有スル他人ノ物ヲ横領シタル者ハ十年以下ノ懲役ニ処ス」(刑二五三)と規定せられている構成要件の充足ということが、事実として確定されねばならぬ。而して

(一)「業務上他人ノ物ヲ占有スル者」として、被告人両名を認定している点について原判決に誤認は無い。

(二)被告人両名にとつて、KKアルハアーケード、KKアロハマートが他人であり、その他人所有の財物たる別途金を、被告両名が占有していたと認めている点についても、原判決に事実誤認は無い。却つて、控訴趣意書は「右別途金は当然会社の収入として会社に入れらるべき金を会社に入れずに別個に積立てられたものであり、此の金員は終始会社へは入金されていないものである。」(第一の(二)の(1) と述べて、「別途金は会社所有の金となつていなかつた」かのように見ているが、この別途金が会社の収入となつていないなら、被告人両名は会社という他人の財物を占有していないこととなり、それをいかように費消しようと、会社との関係において横領という犯罪は成立しないわけである。さすれば本件はこの点において業務上横領としては無罪とならざるをえないのである。原判決は、別途金は会社所有の金であるが、「会社正規の帳簿に記載しなかつたものである」と認定しており、そこにも何等の事実誤認はない。事実誤認を敢えてしているのは、却つて控訴趣意書そのものではないか。

(三)被告人両名は、「業務上占有スル他人ノ物」たる別途金を、「配当金と称して神谷一英他八名と共に三和銀行名古屋駅前支店の保証小切手にした上擅に各自自己の用に供するため分配し合つた。」と認めて起訴したのが、原判決では、「別途金を月一回重役会を開催して役員協議の上持株に応じて配当していた。」と認定されたことを以て、事実誤認というのかも知れない。しかし、業務上横領罪で起訴した以上は、どこまでも被告人両名は自己の占有する他人の財物を領得したと主張すれば足るのであつて、その領得の客体となつている財物の性質を、収入金であつて、利益金でないなどと、センサクする必要はないのである。それを、起訴状記載の公訴事実において、「別途金を神谷一英他八名が擅に分配し合つた」と述べて、被告人両名が領得したといわないところから推して、検察官として本件の審判を請求した最初から、被告人両名を業務上横領罪で問擬するに必要にしてかつ十分な構成要件を欠いていたといわねばならぬ。原判決が、神谷一英他八名とはKKアロハアーケード、KKアロハマートの重役の全部のことであり、株主は右九名とその近親とに限られている事実を確定し、会社が好況にあつた業績を認定して、「別途金を神谷一英他八名に分配し合つたのは、被告人両名の横領によるものではなく、会社の利益金を株主に配当する仕方で分け合つたものである。」との事実認定に達したものと思われるのであつて、すべて証拠に基く認定であり、どこにも事実誤認の疑いはない。

(四)控訴趣意書が、「会社機関として株主総会の決議により之れ等別途金の処分をしたのであれば、権限者による処分であるから、横領罪の成立を見ることはないであろう。」と述べていることは(第一の(二)の(2) )、「本件別途金は実質上も両会社の利益金たりえず、利益金として配当し得る筋合は出て来ない。若し之を強いて利益金の配当名下に社外へ支出せんか、商法が会社財政の健全を保障せんが為、社内留保を命じた法定積立金は遂に実現しないこととなり、夫れ自体で既に会社に財産上の損害を及ぼすこととなる。」(趣意書、第一の(二)の(2) )という主張と矛盾し、本来利益金でありえない別途金が、その処分について株主総会の決議があると、その性質を変じて利益金として株主配当もできるという結論に導くがその処分について株主総会の決議があると別途金が利益金となるという主張によつて、別途金は利益金でもありうるということを検察官が告白しているということができると思う。而して、原審において証拠に基き確定したところによれば、別途金の処分は重役会によつて協議決定されていたものであり、本件会社がいわゆる同族会社たる性質上、重役会はまた株主総会をも兼ねるものであるから、控訴趣意書にいわゆる「会社機関として株主総会の決議によりこれら別途金の処分をした」もの、または、それに準ずるものとして、横領罪の成立を見ないこととなり、被告人両名の所為を以て業務上横領罪に該当しないと認定した原判決は、検察官の立場からいうても、事実誤認ではないとせねばならぬと思う。

(五)凡そ横領罪においては、領得の結果として何人かに財産上の損害が発生しなくてはならない。然るに、本件の場合においては、株主の全員に対し、株式数に応じて別途金が公平に分配されているから、被害者というものがない。この点に即して、原判決は、「凡そ株式会社の利益金は、株主の共有に属し、一部共有者に於て擅に之を処分するを得ざるものであるから、株主中の数人が之を擅に自己の為に処分するときは横領罪を構成するも、之を株主全員に分配するときは、横領罪を構成しない。」と説示しているのに対し、控訴趣意書は、「原審の所論は会社なる法人と株主とを同一人格視している素朴的な法律以前の観念から出発しているのであり。会社が之れ等株主とは全く別個の独立人格者であるという会社の基本観念を無視したものである。謂わば、法律の錯誤の結果本件を横領に非ずと誤認するに至つたのである。」(第一の(一)の(2) )と断じて、被害者は法人たる会社であると見ているもののようである。しかしながら、会社と株主との関係を検察官のように見るのは、素朴な形式的法律観であつて、通説ということはできない。「営利ヲ目的トスル私法人ハ営利法人ナリ、営利ト謂フハ法人ヲ構成スル個人ノ利益ヲ図ルコトヲ謂フ」(鳩山、日本民法総論)。「営利を目的とするというのは、法文上は社団そのものが財産上の利益を享けることを目的とするように見えるが、社団の最終目的がそれ自身財産上の利益を享けるにあるとは考え得ない。社団が財産上の利益を得るのは畢竟其最終目的の手段であつて、その利益が結局社員に帰属することが社団の最終目的である。民法が営利を目的とするというのはこの意味に解せねばならぬ。」(穂積、民法総論)。「専ら構成員の利益を目的とし、従つて団体の利益を結局何等かの形式で構成員に分配するのが、営利法人である。」(我妻、民法総則)。「会社は、営利の目的を合理的に到達するために設立せられるものであるから、法律上は法人であるけれども、実質的には、各社員の営利の目的を到達せしめる手段に過ぎない。」(小町谷、会社法講義案)。「営利法人たる会社は、社員の利益を中心として行動しておるものであり。個人が個人として企業するよりも、有利であるから団体行動をとつておるのである。思慮意志によつて結合し、利によつて集まり、利なければ散ずる、いわゆる利益社会の典型的なるものである。会社が、より団体的に、より組織的に、より合理的にと発展を続けて底止するところを知らないのは、団体化、組織化、合理化などによつて、利潤率を高めたいからである。団体行動は手段であり、個人的利得が目的である。」(広浜、民法)というようなわけであるから、本件の場合のように、株主の全員がその持株に応じて公平に利得しておれば、その株主利得分だけ会社が損害を被つているとはいいえないのである。即ち、本件別途金の処分による被害者は存せず、従つて、本件は業務上横領罪を構成しないのである。

(六)最後に、被告人両名が会社の所有する別途金を占有していたことは、所有者たるKKアロハアーケード、KKアロハマートの委託に基くことはいうまでもないが、その処分についても会社の指示と承認との下に行われたものであることは、証拠によつて明らかである。というのは、会社は社長とか代表取締役とかによつて代表せられているわけであるから、社長とか代表取締役とかの指示承認は、会社そのものの指示、承認であるが、かかる指示、承認が重役会において被告人両名になされていたからである。凡そ、「他人ノ物ヲ占有スル者」が、その他人の指示、承認の下に自己が占有するその他人の物を処分した場合に、それが横領罪を構成しないことは論を待たないではないか。この点からいうても、本件が業務上横領罪に該当せざることは自明である。

第二、原審において訴因の変更を命じなかつたことを以て審理不尽だということは、以ての外のいいがかりである。

一、検察官は、一定の事件につき有罪の判決を求めるために公訴を提起する。公訴権は国家の機関たる検察官の独占するところであり、犯人の性格、年令及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができることに定められている。而して、公訴の提起は、公判の裁判の範囲を特定するものであると共に、当事者訴訟主義の見地から、被告人に防禦の範囲を知らせて、被告人の保護を図るという意味をも有するものであるので、必ず起訴状という書面によることを必要とし、口頭や電話による起訴はこれを許さないことにしておるのである。起訴状には、(一)被告人の氏名その他被告人を特定するに足りる事項、(二)公訴事実、(三)罪名を記載すべく、その公訴事実は、訴因を明示してこれを記載し、訴因を明示するには、できる限り、日時、場所及び方法を以て、罪となるべき事実を特定してこれをしなければならないのである。いうまでもなく、裁判所は訴因に拘束されて、訴因の範囲以外の認定をすることができないから、万一の場合に備えて、一個の訴因に自信の有てない検察官のために、数個の訴因を、予備的に、又は択一的に記載することが許されているのである(刑訴、二五六条四項)。しかも、公訴提起後においても、検察官は起訴状に記載された訴因の追加、撤回又は変更を請求することができ、この場合裁判所としては、公訴事実の同一性が害されないと認められる限り、これを許さねばならないことになつているのである(刑訴、三一二)。いま、これを本件の場合に徴するに、起訴状ではたゞ一個の訴因のみを記載して、予備的又は択一的に数個の訴因を記載しうる権利を放棄しており、また、昭和二十五年六月一日起訴以来、昭和二十七年三月三日判決言渡にいたる約二年間に亘り、前後十四回も開かれた公判期日において、検察官は、訴因変更の申請もしないでおきながら、いま被告人両名に対し被告事件が罪とならないとの理由で無罪の言渡があつたというので、なぜ訴因の変更を命じてくれなかつたのかと泣きを入れている控訴理由の第二は、見苦しいも程があると思う。審理の経過に鑑み、裁判所から訴因の変更を命ぜられるようなことは、検察官として深く反省すべきところであるに拘わらず、本件控訴では、その自らなすべき反省を棚に上げて、訴因変更を命じなかつたのは、原審の落度でありこの落度によつて原判決は破棄を免れないと強訴しているのである。良識のある者の理解しえざるところであると共に、論旨は理由なきものとして排除されねばならぬこと勿論である。

二、しかも、刑事訴訟法第三百十二条第二項は、検察官の主張するような「訴因の変更を命ずべき」命令規定ではなく、「訴因の変更を命じうる」許容規定なのであるから、原審がその処置をしなかつたからというて、諸種の事情を備さに勘案することなしに、審理不尽の汚名をかぶせることはできないのである。

三、控訴趣意書は、「被告人両名は自己等株主を利せんことを図り、取締役の任務に背き会社に財産上の損害を加えたものであり、所謂特別背任罪を構成するものである(商法第四八六条第一項参照)。或は少くとも商法第四八九条第三号の会社財産を危くする罪に該当するものである。而して、右の犯罪が公訴事実と同一性を有するものなることは明白である」(第二)と述べて、特別背任罪乃至会社財産を危くする罪が本件公訴事実と同一性を有することが明白であると断じているが、かような同一性は決して明白であるとはいえない。

(1) 本件公訴事実が被告人両名が業務上自己の占有する会社の財物を擅に領得したというにあるところ、その審理の経過において原審が、被告人両名が別途金なる会社の財物を擅に領得したもの、即ち横領したものではなく、従つて、会社に対して何等の被害をも与えていないという事実認識に到達した以上は、商法第四百八十六条第一項の罪(特別背任罪)の構成要件たる「自己若ハ第三者ヲ利シ又ハ会社ヲ害スルコトを図」るという意志も「ソノ任務ニ背」くという行為も、「会社ニ財産上ノ損害ヲ加」えたという結果も、いずれも認められないわけであるから、「審理の経過に鑑み適当と認め」てという刑事訴訟法第三百十二条第二項に該当せず、訴因の変更を命じようにも、命じうる根拠はないのである。

(2) また、商法第四百八十九条第三号の罪、即ち「法令又ハ定款ノ規定ニ違反シテ利益又ハ利息ノ配当ヲ為シタルトキ」についても、本件公訴事実との同一性は認められないのである。或は、原判決が、「被告人等の所為は商法第四百八十九条第三項(号の誤記と思う)の法令又は定款の規定に違反して利益の配当を為したるときに該当する」というておることを以て、原審がその同一性を認めていた証左とするかも知れないが、これは、商法第四百八十九条第三号が、「商法第二九〇条及び第二九一条に対応し、いわゆる蛸配当の禁遏を目的とするもの」であつて(大隅、会社法論)、本件公訴事実のような何等会社債権者を害せず、株主に迷惑をかけない別途金の分配などを加罰対象としてはいないのである。畢竟この点については、原判決は「無用の理由」(Obiter dicta)を述べたに過ぎなく、判決に影響を及ぼすものでないことは、いうまでもない。

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